チロ物語

2008年05月11日

誰かをいじめたくなったら
読んでください。
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     チロ物語



第一章



             みやぎ みはら

 チロは、キジ色の、めすネコです。
生んでくれたのは、 三毛ネコのタマです。
育ててくれたのは、マサコお母さんです。

チロは、まだ二歳ですから、とても元気なはず?・・・なんです。 
ところが、ここのところ、元気がありません。
ーどうしたんでしょうー
・・・・それは、チロが、人間になれないことを、知ってしまったからなのです。
 それまでのチロは、というと
(わたしも、大きくなったら、タッコやカナコおねえさんのように、二本の足で立って、きれいなふくをきて、
まだ見たこともない、いろんなところへ、行けるんだな〜)なんて、思っていたのでした。
 それが、このまえ、けんかで、タマの顔を、ひっかきそこなった時、マサコお母さんが
「チロ!お母さんに、なんてことするの!そんなことしたらダメ!」と、おこったのです。
 チロは、びっくりしました。
だって、チロのお母さんは、マサコお母さんだと、思っていたのですから。
(あっちもお母さん?こっちもお母さん?どっちがお母さん?)
チロは、こんがらがってしまいました。
 そのうち、おなかのあたりが、とても気持ち悪くなってきました。
(タマが、お母さんっていうことは・・・・チロも、このままず〜と、ネコのままなのかなぁ・・・・)
とてもしんぱいで、このままでは、死んでしまいそうになりました。

 しばらく、考えたチロは、立ち上がって、 タマをさがしました。
タマに、きいてみようと、思ったのです。
 チロは、タマがきらいです。
だって、タマはとてもわがままなんです。
だから、あまり、話をしたことがありません。

 タマのわがままには、わけがあるようです。
「タマのわがままは、お父さんのせいなのよ・・・はじめから、『はこいりむすめにする』なんて、決めちゃったから、
そのとおりになっちゃったのよねえ・・・こまったものよ」
マサコお母さんの、口ぐせです。
 タマは、みんなといっしょに、食事をしません。
タマは、チロや、ゲンザブロー(チロの弟)が食べるものには、見向きもしないのです。千太郎お父さんが、
べつのうつわで、べつのものを食べさせます。

 タマが、すわるところは、いつも決まっています。
夏は、すずしくて、冬は、あたたかい場所です。
もし、チロやゲンザブローが、そこにすわっていたら
「こら、そこは、タマの場所だろう」と、お父さんに、おこられます。
だからタマは、お父さんをのぞいて、みんなに、きらわれています。

 チロが、タマをきらいなわけは、ほかにもあります。
ときどきやってくる、マサコお母さんのお友だちが、タマを見て
「まあ〜きれいなネコ」って、かならず言うんです。
そこで、マサコお母さんが、 チロを、なでながら
「この子は、チロっていうのよ」と、紹介すると、きゅうに、お友だちが、だまってしまうのです。
だからチロは、お友だちがくると、かくれてしまうのです。
 そんなことで、チロはできれば、タマとは、話したく、ありませんでした。
でも、こんどのことは、やっぱり、タマにきいた方が、はっきりするんです。

 タマは、いつものところで、寝ていました。
「ねぇタマ・・ちょっと話をしてもいい?」
チロは、おそるおそる、ききました。
「どうしたの?」
タマは、とじていた目を、半分あけました。
「タマが、わたしのお母さんって、ほんとうなの?」
「えっ?」
「だってこのまえ、マサコお母さんが・・」
「あなた!知らなかったの・・・今まで?」
タマは、びっくりした顔をしています。

「やっぱり、タマがわたしのお母さんなの?」
「そうよ。そうだけど、どうしてそんなこと、今まで知らなかったなんて、そうか!あなたたちが生まれたときは、
おっぱいが出なくて、マサコお母さんや、タッコに育てられたからなのね」
 
 タマの話をきいて、チロは、ちょっと、がっかりしました。でも、まだ、あきらめてはいません。
「・・・ねぇ・・・タマはこれからもず〜とネコのままなの?」
チロは、そんなふうに、ききました。
ほんとうは
「ネコだって、人間なれるんだよね!」って、言いたかったんです。
「あら・・そのことがしんぱいなのね・・」
 タマには、チロのきもちが、わかっていました。
「悲しいかもしれないけれど、ネコは、人にはなれないわ。ず〜とこのままネコ。わたしたちだけじゃないわ。
イヌだって、ネズミだって、モグラもヤモリもみ〜んなそのままなのよ・・・」
 タマは、窓の外を見つめて、忘れていたことを、思い出すように
「はじめは、みんな、そう思うのよ。わたしもそうだったわ。あなたたちを生んだ時、ネコの体のまま、
おなじネコを生んで、『そうか、わたしはこのまま、ず〜とネコなんだな〜』って気がついたの。人間に、なれないって、
わかったら、もう、ガッカリしちゃって・・・おっぱいが、出なくなちゃったわ・・・
かわりに、マサコお母さんや、タッコが、ミルクを、のませてくれていたのよ・・・そうそう・・・」

 タマは、じぶんで、うなずきながら、ひといきつくと、また、話し出しました。
「マサコお母さんが『タマは、しんぱいなことがあるのかしら?』って、ためいきをついていたわねぇ・・・・」
そう言うと、タマは、だまってしまいました。

「それでどうしたの?」
「そうねぇ・・・どうしたのかしら?いつのまにか、そんなことは、気にならなくなっていたわ」
「どうして?」
「みんなに、愛してもらえれば、ネコでもイヌでも、いいんじゃないかしら・・・そんなふうに思えてきて・・・あなたも、今は、かなしいかもしれないけど、そのうち、わかってくるわ。そのうちにネ・・・」
タマは、そう言って、また、寝てしまいました。

 こんどこそ、チロは、ほんとうに、ガッカリしました。
なんていうことでしょう。
タッコや、カナコおねえさんのように、赤や黄色や、ピンクの服を着ることは、死ぬまでできないのです。
(ず〜と、このまま黒と茶色の、毛だらけのままだなんて!)
チロは、あんまり悲しすぎて、このままとけて、消えてしまいそうになりました。
 そのうち、だんだん
(だれが、わたしを、ネコにしたのかしら?なんてつまらないんだろう。ネコになんか、生んでほしくなかった)
そんなふうに、思うようになりました。
だから、チロを、ネコにした犯人や、タマが、にくたらしくて、つめで、ひっかいて、血だらけにしたくて・・・・毎日おこっていました。
 ゲンザブローが、声をかけても
「うるさい!」
と、どなるばかりです。
そのうち、みんなの顔を見るのも、いやになりました。

 毎日、ゆううつなチロは、駐車場に、出てみました。車が二○台くらいとまっている、広い駐車場です。
ハトが、いました。
ハトは、チラッとチロを見ましたが、気にもせず、すぐに、アスファルトを、くちばしでつつきながら、あちこち、
うごきまわっています。それはまるで
「なんだネコか、へへんだ」と、ばかにしているように、見えました。
 チロは
「ネコを、ばかにするな!」と、さけびながら、ハトに、おそいかかりました。
パッと、ハトが、消えました。
見上げると、もう、だいぶたかいところで、チロを、見おろしています。
「ばぁか」
そう言っているようでした。
チロは、くやしくて、しかたがありません。
でも、空にまいあがられては、どうにもなりません。
すごすごと、帰るチロ・・・・・・。

 うちに帰っても、家族のあつまるところへは、行かないようにしていました。
お父さんや、お母さんも、タッコもカナコも、みんなきらいになっていました。
だって、チロは、みんなが、チロをネコにした、犯人だと、思いはじめていたのですから。
 それにしても、今日のハトは、ゆるせません。
(あしたは、きっとつかまえて、ネコのこわさをおもい知らせてやろう)と、決めていました。

 それからは、毎日出かけて、ハトを見つけては、こうげきしました。でも、ハトには、さわることも、できませんでした。
チロは、くやしくて、毎日イライラしています。
いろいろ考えて、こんどは、ゲンザブローも、つれて行こうと決めました。
ゲンザブローは、チロのめいれいなら、なんでもききます。ですから、次の日から、いっしょに、ハトをこうげきしました。
でも、あいかわらず、ハトをつかまえることは、できません。
「どうしたらいいのかなぁ、このままでは、ますます、バカにされてしまうわ」
チロは、はぎしりして、くやしがります。

第二章

 ある日、ゲンザブローが
「ねえチロ、ハトが、とべないようにしたら、いいんじゃないの」と、いいました。
「ばかだわね、どうやって、そんなことできるのよ」
チロは、おこっています。
「車の下なら、とべないよ」
「えっ・・・・・でも、どうやって車の下にいれるのよ?」
「えさを、まけばいいんだよ」
「あっ」
 チロは、びっくりしました。
いつもボーとして、目があいているのか、とじているのか、わからないゲンザブローでしたが、
こんなに頭がいいとは、知りませんでした。
 次の日、チロとゲンザブローは、せっせと、えさを、とまっている車の下に、はこびました。
ハトが、やって来ました。
まいたえさを、つついています。
一つぶ、二つぶ、三つぶ、だんだん車に近づきます。四つぶ、五つぶ、とうとう車の下にもぐりこみました。
「今だ!」
チロとゲンザブローは、両方から、こうげきしました。
ハトは、びっくりしました。
でも、とびあがることが、できません。ごつごつした、車のエンジンや、パイプのようなものにぶつかって、よこにも、思うようにとべません。
ついに、チロとゲンザブローに、つかまえられ、殺されてしまいました。

 チロは、このハトを、タッコやカナコおねえさんに見せて、ネコのすごさをおもい知らせてやろうと、思いました。
ところが、ハトを見た タッコはすぐ
「あっ!チロのばか!」
と、大きな声を出すと、手をふりあげて、チロを、ぶとうとするのです。
チロは、びっくりして、口からハトをはなして、外へとびだしました。

 「あったまにきちゃうわ!」と、チロはかんかんです。
「タッコは、じぶんができないことを、チロがやったから、くやしいんだよきっと」
あとをおってきた、ゲンザブローが、言いました。
「そうだわ、くやしいんだわ」
「お父さんなら、チロのすごさをわかってくれるさ」
「そうだ、こんどは、お父さんにみせよう」
チロは、そう、きめました。

 何日かがすぎて、お父さんに、つかまえたメジロを、見せる時が、やってきました。
チロとゲンザブローは、帰って来たお父さんを、門の前でまちうけて、とくいげに、えものを見せました。
お父さんは、しばらく
「なんだろう」と、チロの口もとを見ていましたが、はっとして、きゅうに、こわい顔になり
「チロのばか!」と、大声を出しました。
チロとゲンザブローが、大あわてでにげたことは、言うまでもありません。

 「ちぇ、人間って、じぶんたちができないことを、ネコがやると、うらやましくて、おこるんだ」
ゲンザブローが、プリプリしています。
「そうよ、人間は、みんなおなじで、みんなずるいのよ」
チロも、くやしそうに、言います。
「いいわ。こうなったら、わたしたちのすごさを、うんと見せつけてやりましょう」

 それから、二匹きは、毎日のように、ハトや、ヤモリや、モグラにネズミ、ゴキブリなどを殺しては、
家の中にほうり出しました。
 そんなことが、続いていたある日、お父さんが、きずついて、がりがりにやせた白いノラネコを、ひろってきました。
弱いものを見ると(なんてだらしがないんだろう)と、はらが立って、いじめたり、殺したくなってしまうようになっていた、
チロとゲンザブローは、いっしょになって、白ノラを毎日いじめていました。

 白ノラは、いつも、耳や手足が、血だらけでした。それでも、しばらくは、がまんしていましたが、
あまりのひどさに、がまんできなくなったのでしょう。いつのまにか、いなくなって、しまいました。

 セミのなきごえが、うるさくなったころの、ひるさがり。
チロは、いつものように、ゲンザブローをさそって、いじめに、しゅっぱつしようと思いました。
ところが、ゲンザブローのようすが、へんです。だいどころのかたすみで、うずくまったまま、
こちらを見ているのですが、うごこうとしません。
それどころか、口から、よだれを、だらだら、たらしているのです。
チロは、びっくりしました。
どうしていいかわからず、そばにすわりこんで、じっと、見ていました。
ゲンザブローは、とても苦しそうで、声も出ないようです。
そのうち、タッコが、帰ってきました。ゲンザブローを見ると
「ゲン!」と、言ったまま、すぐお父さんに電話をしました。
お父さんは、帰って来て、タオルで、ゲンザブローをくるむと、タッコと出て行きました。

 しばらくすると、お父さんとタッコだけが、帰ってきました。

お父さんは
「仕事があるからね」と、言って、また、出ていきました。
夕方になり、お母さんも帰ってきました。
「お母さん、ゲンが入院したよ」
「えっ、どうしたの?」
「なんかさぁネコエイズみたいでさぁ、なおらないかもしれないって」
「えっほんと・・・・・」と、言ったまま二人は、だまってしまいました。

 チロは(なおらないって、どうなるんだろう?)と思って、すわりこんだまま、二人を見つめていました。
「苦しみの木の実が、はじけたんだわね」
お母さんが、ひとりごとのように、いいました。
「何それ?」
タッコが、ききます。
「チロとゲンは、いつも弱いものいじめや、小さな生き物を、ころしてばかりいたでしょう。そういうことをすると、
じぶんの心の中にある『苦しみ木のタネ』が、いじめをえいようにして、芽を出して、どんどん大きくなるんだって」
「へぇ、大きくなったら、どうなるの?」
「花がさいて、実がなるの」
「そうしたら?」
「実が、じゅくしてはれつすると、中から、じぶんがいじめたり、ころしたりした生きものの苦しみが、出てくるわけ」
「へぇ」
「そうすると、その苦しみが、いじめたものにうつっちゃって、じぶんが苦しむことになるんだって・・・・・・
重い病気になったり、事故にあったり、いじめられたりして、いろいろなかたちで、苦しくなるのよ」
「いやだなぁ」
「弱いものをいじめて、おもしろいとか、たのしいとか、思うようになったら、あぶないのよ」
「どうして」
「苦しみの木に、心を、のっとられてしまったって、いうことなんだから。
チロもゲンザブローも、そうなってしまったのかもしれないわ」
「じゃあ、ヤバイじゃない」
タッコは、しんぱいしています。
「どうして、いじめなんかするのかな?」
「どうしてかしらねぇ・・・自分をつよく見せたいとか・・・・」
「強く見せたいっていうのは、ほんとうは弱いんでしよう?」
「そうね、弱いから、いじめる方は、いつも、一人じゃないかもね・・・」
タッコと、お母さんの話は、まだまだつづいていました。

 第三章

 チロは、台所のまどから、外に飛び出しました。
そして
「チンプンカンプンだわ。弱いからいじめられたり、ころされたりするんじゃないの。弱いものが、悪いんだわ」
そうつぶやきながら、じぶんがいじめたり、殺したりした生きものたちを、思い出してみました。
みんな小さくて、弱い、生きものばかりでした。
(強いヤモリって、いるのかな?)
チロは、そうぞうしてみました。
すると、ヤモリが大きくなって、いつかテレビで見た、ワニになりました。
(それは、ワニだ、ワニはヤモリじゃない!)
こんどは、強いハトを、想像してみました。
すると、大きな、ワシになりました。
(それは、ワシだ、ハトじゃない!)
チロは
「チェ」と言ったまま、駐車場を、かけぬけました。

 一週間くらいたった、土曜日の夜、ゲンザブローが、帰ってきました。
もう、病院では、できることがなくなってしまって、帰ってきたのでした。
おなかのよこに、白い小さな、おさらのようなものがへばりついていて、そのまん中から、とうめいのチューブが、
とび出しています。まるで、チューブの矢が、おなかに、つきささっているように、見えました。
それは、ちょくせつ、胃につながっているんだそうです。チューブの先は、クリップで、まげられています。
 ゲンザブローが、食べる元気もないので、ちゅうしゃきで、食べものを、入れるためのものでした。
ゲンザブローは、その夜、ちゅうしゃきで食べものを入れたあと、とても苦しんであばれました。
タッコは、一晩中、なきながら、ゲンザブローを、おさえていました。
朝になり、やっとおさまりました。
でも、カナコおねえさんが、会社にでかけたあと、お母さんとタッコが、ゲンザブローを見ると、死んでいました。

 お昼に、お父さんが帰ってきて
「ゲン、ごめんな」と言って、なみだを流しました。
それから、お父さんと、お母さん、タッコは、ゲンザブローをだいて、出かけていきました。
夕方になり、三人は、帰って来ました。
タッコが、白いふくろに入った小さなツボを、持っていました。
ゲンザブローは、火葬(かそう)され骨だけになって、小さなツボに、入ってしまったのです。

 ぶつだんにおかれた、ゲンザブローの前に、マグロのかんづめが、そなえられました。
三人で、手を合わせて、お祈りをしました。
チロは、それを、じ〜と見ていました。
 夜になり、カナコおねえさんが、帰って来ました。
「あれ、ゲンは?」と、ききました。
タッコが
「あそこ」と、ぶつだんを、さしました。
カナコおねえさんは、ビックリした顔で、それを見ていましたが、しばらくすると、涙をふきました。

 チロは(人間は、えらそうなことを言っているけど、一匹のネコも、助けることもできないじゃないの)
と、思いました。
チロは、外にとび出しました。
「ゲンのバカ。ゲンのバカ」
チロは、そういいながら、いつまでもないていました。

 しばらくの間、チロは、一日じゅう、ボーっとしていました。
駐車場のかたすみに、うずくまり、ハトやスズメが、アスファルトを、つつくのを、だまって見ていました。
なんにも、やる気がしませんでした。
 そんな、ある暑い日の夕方、お父さんが、一匹の、やせた、トラネコをつれてきました。
「またぁ」
お母さんが、あきれた顔をしています。
「でも、ゲンに似ている」
タッコが、よろこんでいます。

 そのネコは、トラと言う名前で、お父さんの会社のまわりでくらしている、ノラネコでした。
病気で、やせほそって、いまにも死にそうでした。
「なおったら、またもとの場所にもどしてよ!」
お母さんは、ちょっと、きげんが悪いようです。
 でも、トラは、病気がなおって、まるまる太っても、もどって行きませんでした。
チロに、新しいなかまが、できたのです。
(よし、こんどは、トラといっしょに、ハトをやっつけることができる)
と、よろこびました。
 そのためには、トラを、けらいにしなければなりません。
トラは、もう六キロをこえる、大きな体になっていました。けんかがきらいな、やさしいネコです。
チロは、トラにいいました。
「ここに、いつまでもいたいと思ったら、わたしの言うことをきかないと、おいだすわよ」
トラは、びっくりして
「なんでも、言うことをきくよ」と、いいました。

第四章

 次の日の朝、チロは、トラをつれて、駐車場に、出ました。
「いい!見ているのよ!」
そう言うと、車の下にもぐった、ハトをめがけて、飛び込みました。
でも今日は、チロだけでだったので、ハトは、かんたんに、はんたいがわから、にげました。
「まて〜!」
チロは、車の下からとび出して、おいかけました。
「あぶない!」
トラの声がしたとたん、ど〜んとなにかがチロにぶつかり、チロは、はねとばされてしまいました。
いきが、できなくなりました。
そのまま、気をうしなってしまいました。

 気がつくと、もう夕方です。トラは、いなくなっていました。
おなかが、とても痛いのです。
立ち上がって、歩こうとすると、左の足がうごきません。
前足だけで、からだをひきずって、うちにたどりつきました。
「だれかたすけて〜!」と、さけびましたが、だれも出て来ません。
 しばらくすると、タッコが、帰って来ました。
「あれ、チロどうしたの?」
そういうと、チロをだきあげました。

 タッコが電話でお父さんをよんで、チロは病院行きです。
「交通事故ですね、フクマクがやぶれて、ないぞうが、ひふのところまで、こぼれていると思います」
お医者さんは、そう言って、すぐ手術になりました。

 ますいからさめると、そこは、小さなオリの中でした。
外を見ると、他にもオリがあって、ネコやイヌが、たくさんいます。
その中に、見たことのある、白いネコがいました。
ゲンザブローといっしょにいじめて、おい出した、白ノラでした。
(どうしてあいつが、こんなところに、いるのかしら)
と、思いましたが、わかるはずがありません。

 チロは、一週間ほどで、退院できました。(このくらいですんだら、らくなものよ。
元気になったら、また、トラといじめができるわ)
と、思っていました。
 ところが、なかなかよくなりません。それどころか、まえより、おなかが、痛くなってきます。
大好物のマグロも、ちょっとしか食べられません。
(どうしてだろう)
チロは、悲しくなってきました。
(お母さんが、言っていたように、『苦しみの木の実』が、はれつしたのかしら?
もし、そうだとしたら、どうなるのかしら?ゲンザブローみたいに苦しんで、死んでしまうのかしら?)
そう思うと、しんぱいで、ますます食事ができなくなり、やせほそってしまいました。

  「へんだなぁ、どうしてこんなにやせちゃうんだ?」
お父さんがしんぱいして、チロは、また病院です。
「ぬいあわせが、うまく、いってないようです。ひふが、くっついていません。
かのうしていますから、またおなかをひらいて、やりなおしましょう」と、言っています。
二回目の、しゅじゅつです。

 こんども、一週間ほどで、退院しました。
(やれやれ、これでだいじょうぶ、やっぱり『苦しみの木の実』なんて、ウソなんだわ)と、チロは安心しました。
ところが、次の日から、またおなかがどんどん痛くなりだしました。
もう何も食べられないし、水ものめません。
あまり痛いので、外に飛び出しました。
となりの家のベランダの下で、おなかをひやしました。
そこは、いつも、ひかげになっていて、土がつめたいのです。
しばらくそうしていると、すこしは、気持ちが、良くなりました。

 つぎの日の朝まで、そこで、じっとしていました。
でも、痛みは、どんどんひどくなりました。
もう、がまんできません。
うちにもどろうと思いましたが、うごくことも、できなくなっていました。
「助けてー!」と、さけびましたが、だれも来ません。
だんだん、気がとおくなってきます。
目をとじると、チロが殺したり、いじめたりした、たくさんの生きものたちが出て来ました。
みんな苦しんでいます。
その苦しみが、チロのからだじゅうにこぼれて、苦しみで、いっぱいになりました。
それでも、どんどん、苦しみはふえます。
「助けてー!こわいよーおかあさん、たすけてー!」
チロは、泣きながら、さけびました。
「ごめんなさい、ハトさん、ヤモリさん、モグラさんに白ノラさん、もうやりません、もうぜったいにいじめはやりません。
助けてくれたら、これからは、弱いものを助けます。ぜったい助けます。だからゆるして!ゆるしてください」
チロは、そう言うと、もう一度
「助けてー!」と、さけびました。


 「すいません」
とつぜん、お母さんの声がします。
「となりの者ですけど、うちの、しゅじゅつをしたばかりのネコが、こちらのどこかにいるようなんです。
なきごえがしたものですから、ちょっと、さがさせていただけませんか」
「それは、たいへん、ささどうぞ、はやくさがしてあげてください」
おとなりの、おじいちゃんも、出て来たようです。
「チロー!」
こんどは、タッコの声です。
チロは、さいごの力をふりしぼって
「ニャー」と、なきました。
「いたー!」
タッコが見つけました。

第五章

 チロは、お父さんの車で、三回目の病院です。
「前におなかをあけたときは、内臓は、いじょうなかったけれど、そのあと、かのうしたかもしれません、
もういちど、おなかをあけましょう」
お医者さんは、そう言うと、すぐ、手術になりました。

 夜になって、お父さんと、お母さんが、病院にやって来ました。お医者さんと、話をしています。
「腸の一部が、かのうしていました。
そこを切り取りました。いちじは、あぶないところでしたが、前につれてきてもらった、白いネコから、
血をもらって、助かりました」
 シロノラは、お父さんがここへつれてきて、そのまま、住んでいるようです。
この病院には、そういうネコやイヌがたくさんいて、けがや、しゅじゅつで血がたりなくなったとき、
血をわけてあげているのでした。
 チロは、そのシロノラから、血をもらって、助かったのでした。
こんどは、二週間ほどで、退院しました。
 うちでは、みんなのあつまるへやに、タオルケットをひいて、そこにねかされました。
食事は、毎日、タッコがさかなをつぶして、やわらかくしてくれました。
 それから二週間して、おなかを、ぬいあわせている糸がとれました。
さらに二週間すると、すっかり元気になり、台所の窓にも、とびあがることができるようになりました。

 晴れた日のお昼、チロは、ひさしぶりに駐車場に、出てみました。
アスファルトが、太陽の熱で、あたたかくなっています。
 チロは、光をいっぱいあびて、ゴロンゴロンところがりました。からだじゅうが、あたたかくなりました。
チロは、うれしくて、なんどもころがりながら、のどを、ゴロゴロならしています。
「みんなのおかげで、元気になったわ。ありがとうお母さん、ありがとう白ノラ、タッコにカナコおねえさん、お父さん。
これからは、ぜったいに、いじめはしません」
チロは、さっきから、何度も、そうつぶやいています。
 タマに
「生んでくれて、ありがとう」って、言いたくなりました。
(『いつか、わかる時がくる』って、タマが言っていたっけ。
わかったわ!ネコのままで幸せになれるんだ。人間になれなくてもいいわ)
もう、タッコや、カナコおねえさんを、うらやましいとは、思いませんでした。
だって、チロは、太陽より、もっと、もっと大きくて、あたたかい、かぞくのやさしさに、つつまれていたんですから。

トラが、やって来ました。
「チロ!よかったね!」
トラも、とてもうれしそうです。
「ありがとう」
チロは、ころがりながら、言いました。
「ねぇチロ、元気になったら、またハトをつかまえるの?」
「ううん、やめたの。もう弱いものいじめはやめたの」
「ほんと!よかった!」
「『弱い者を助けます』って、誓ったの、それで、助けてもらったの」
「そうかぁ」
トラも、うれしくてたまらず、ころがりました。


 体が、もとどおりになったころの、暑い日。チロとトラが、よく来る畑で、あそんでいると

「フギャー」
という、大きなさけび声が、きこえました。
いそいで、そこへ行くと、黒いちいさなネコが、血だらけになっています
きばをむきだして、おこっているのは、このへんのボスネコのキザです。
どうやら、すてられた黒ネコが、うろうろしているところを、見つかって、いじめられているようです。
チロは、黒ネコの目を見ました。
とても悲しい、目でした。
(助けてください)
という思いが、いっぱいの、悲しい目の光でした。
チロが、いじめて、ころしたハトや、メジロや、モグラたちも
(きっと、こんな悲しい目をしていたんだろうなぁ)
チロはそう思うと、なんとかして、黒ネコに、『ほっと』安心して、もらいたくなりました。
それに、このまま、だまってしらんふりをしたら、キザといっしょになって、いじめた気持に、なりそうでした。
(それは、いやだ)
「やめなさいよ!」
チロは、キザにいいました。
キザは
「エッ」と、いう顔をしました。
このへんで、キザにそんなことを言えるネコは、いません。
「おれさまに向かって、なんて言った!」
キザは、こんどは、チロたちに、きばをむきだしています。
(あっ、キザの『苦しみの木』が大きくなってしまう。それは、いけない!)と、思いました。
「やめてちょうだい」
チロは、もう一度、大きな声で、言いました。
キザは、おそいかかろうとしましたが、トラの大きさに、こわさを、かんじたのでしょう。
「あとで痛い目にあうぞ」と言って、帰って行きました。

 きずついた、黒の子ネコは、チロとトラが、なめて、血を止めました。
でも、このままにしておくわけには、いきません。うちに、つれて帰ることにしました。

 「どうしたんだろう、この黒ネコは?」
お父さんが、タッコに、きいています。
「チロとトラが、ひろってきたみたい」
「怪我だらけじゃないか、まさか、またチロがやったんじゃないだろうね?」
「ちがうみたいよ、さっき、チロとトラがいっしょうけんめい、なめていたから」
「そうか、じゃあ助けてきたんだ。そうだとしたら、えらいじゃないか」
お父さんは、そう言って、うれしそうです。
「だけど、どうするの、家でかうの?」
お母さんが、しんぱいそうに、言います。
「だって、助けてきたものを、すてるわけにはいかないだろう」
お父さんが、ちょっと、むきになっています。
「また、あの病院で、めんどうみてもらったら?」
タッコが、言います。
「いや、これは、やっぱり、うちでめんどうみてあげよう。チロとトラが、いいことをしたんだから、
みんなで、力を合わせて、育ててあげよう」
お父さんが、きっぱり言ったので、それで、きまりになりました。
チロは、うれしくなりました。
そして、とても気持ちが、良くなりました。(弱いものを助けると、こんなに気持ちが良くなるんだなぁ、
これからも、どんどん助けていこう)
と、思いました。

最終章

 次の日。チロとトラが、外に出ると、たくさんのネコが、まちかまえていました。
キザと、そのなかまです。
きのうの、しかえしにきたのです。
チロとトラは、よくたたかいました。けれど、あいては、数が多いものですから、さんざんやられて、傷だらけになりました。
うちにかえって、おたがいに、傷をなめあいました。
 
 「う〜ん」
おとうさんが、ためいきを、ついています。
「トラとチロは、だれかにいじめられているようだな」
傷だらけの、チロとトラをみて、お父さんは、心配そうです。
「黒ネコを助けたから、しかえしをされているのかな?」
「そうかもよ」
タッコが、チロとトラを見ながら、言いました。
「そうだとしたら、くやしいだろうね」
「そとに、出さないようにしたら?」
「そうゆうわけにもいかないだろうし・・・弱いものを助けているのなら、おうえんしてあげたいねぇ・・ねぇチロ・・・・・
くじけないで、幸せの木を、おおきくするんだよ!」
お父さんは、そう言うと、チロとトラの頭をなぜました。

 チロとトラは、とても気持ちが良くなりました。
二匹は、外に出ました。
家々に、いつもと同じあかりがともり、あたりに、はねかえっています。
今日は、その一つひとつが、とても、幸せそうに感じられました。
 「ようし、もうこわいものなんかないぞ」
トラが、言います。
「そうよ、こわいものはないわ」
チロも、言います。
「ねぇチロ、お父さんが言っていた『幸せになる木』ってなに?」

「それは、ひみつ」
「ずるいよ、言ってよ」
「そうね・・・弱いものを助けると『幸せになる木』が、どんどん大きくなって、その実がはじけた時、
うんと、幸せになれるんだって!」
「『幸せの木』って、どこにあるの?」
「わたしたちの、心の中よ・・・見えないけど、あるの、ちゃんと・・・」
『苦しみの木』が、ほんとうに、あることを知ったチロは、その反対に
(『幸せの木』もあるなんて、うれしい)
と、お父さんの話をきいたとき、思いました。
「勇気が、だいじね、いいことをする勇気をもたなくちゃ」
チロが、言います。
「そうだね、いいことをするには、勇気がないとね。『本当に強い』っていうことは、弱いものを助ける、
勇気のことかもしれないね」
「そう、そして、弱いものをいじめることを、やめさせる勇気のことなのよ。キット・・・」
二匹は、いつまでも、話していました。

 次の日の夜、キザたちが、またやって来ました。
黒ネコを、返せと言っています。
「クロは、『うちでくらしたい』って、いっているわ。だから、できないわ。つれていってどうするの?」
チロが、ききます。
「なわばりをあらされたんだ、こらしめるのさ」
キザが、こたえます。
「そんなことしたら、あとで、キザがくるしむことになるのよ。
わたしみたいに、苦しい思いをしてほしくないわ、なかよくしてあげてよ」
チロが、やさしく、でも、きっぱりと、言います。
「ねぇキザ、みんなで、弱い者をいじめたって、あとで、とてもいやな思いをするだけなんだから、
そんなことは、やめたほうがいいよ」
トラが、言います。
 
 キザは
「えっ?」
という顔をしましたが、すぐ、思い直してチロたちを、にらみました。
にらみあいが、つづきます。
しばらくすると
「チェ、帰るぞ」と、キザは、みんなをつれて、帰って行きました。
 チロとトラは
「えっ?どうして?」と、いう顔をしています。
しばらく、二匹は、ボーとしていました。
「どうしたんだろう」
やっと、トラが、ふしぎそうに、口をひらきました。
「どうしたんだろう?」
チロも、また、言います。
「きっと、トラがこわかったんだわ」
チロが、トラを見て、言います。
「どうして?」
「だって今日のトラは、すごい顔しているもの」
「すごい?」
「そうよ、いじめることができない顔よ」
「へっ!」
「そいう顔ってあるのね・・・ぜったいに負けない顔よ」
「そういえば、チロもふだんの顔とちがっていたよ」
「そうなの?」
「そうだよ、光っているよ・・・いじめたらいけないっていう顔だよ」
「勇気を出したら、顔がかわったのね」
「うん、勇気が、あいつらをおっぱらったんだ」
「わたしたち、かわったのよ」
「かわったんだ、チロの誓いが、かえたんだ」
「誓いを、やぶったらだめね」
「そうだ!弱いものをいじめない誓い!」
「そう。弱いものを助ける誓い!」
「弱いものを、いじめさせない誓いもだ!」

チロとトラは、駐車場に出ました。

まんまるい、大きな月が、真上にありました。

生まれてから、今日まで、こんなに気持ちのいい日はありませんでした。

「命を守ると、うれしくなるようになっているのね」

「そうだね、きっと一番いいことなんだよ」

やさしい風が、いくつか、とおりすぎました。

なんだか、心と、からだが、とてもきれいになったような気がします。

二匹は、ならんで、空を見上げました。

そして

大きな、大きな月に向かって、

「ニャー」と、なきました。



おしまい

           




 







Posted by チロものがたり at 15:11 │教育 いじめ問題 人権